熊本市 DELTA WORKS のメンバーがお届けするCMS制作日記と日常の変なこと
30 3月
今日、また気功さんとお会いした。
そこでの処置に関しては、基本的にお話できることはない。ま、色々プライバシーの問題もあるからね。
というか、正直に書けば処置は行われなかった。しかし、その際に友達を連れてきた女性の方の役割が明確になった。その人は、気功師さんと誰かを繋ぐ要石の役割を持つらしい。
その後で、色々気功師さんと話した内容から抜粋しておこう。
「存在イコール振動である」
我々は、素粒子から出来ているわけだが、素粒子の世界というのは、我々知っている通常の物理法則が通用しない世界だ。それぞれの粒子は振動を繰りかえし、固有の波長を持っている。
従って、存在そのものは振動とイコールであり、振動とは「波」である。
つまり物質は振動しないと存在できないのではないか?分子もブラウン運動を繰り返しているし、電子に至っては電子雲として、非常にわけの分からない存在である。
水晶等が特有の力を持つ理由の一つは結晶体であるが故、固有の共振作用が強く、それによるシンクロが我々に影響を及ぼすのではないか?
「現在のプロセスはどこへ向かうのか?」
これについては不明だが、何らかの受け入れ状況が確立しはじめていることは間違いないだろう。それはバランスの崩れた地球規模の自浄作用として起こっているのかも知れない。
ううううう。語っている内容がどんどん高度化してますな。でもまあ、明日の朝までビデオ編集完成させなくちゃいけませんし、洗濯もしないと溜まってるな。あ、外、雨降ってるじゃん。
28 3月
25 3月
今日も偶然夕食を気功師さんと共にした。
しかしまあ、気功師がどうのこうのと書くと、訳の分からない世界に突入してしまうが、我々が認識している世界が世界そのものであるはずは無い。
言うなれば、我々が認識していると思い込んでいる世界自体がいかにあやふやな共同幻想の上に成り立っているのか自覚が必要なんだと思う。
人間の認識力は人間という体に縛られ、存在そのものを俯瞰で眺めることは基本的に不可能に近い。言うなれば、蟻に人間が理解できないであろうと同じように、人間がその上位のシステムを認識することは難しい。
それでもなお、人間はその上位のシステムを理解しようとする。そーゆーのがわかる状態をサーマディーと呼ぶんだっけ?で、それって、理論ではない。理論で推論してもそこには様々な障害が存在し、パラドックスを含んだパラダイム・シフトが起こり続ける。
結局、世の賢者が行うように、内観とそこにおける直感で物事を分析するほうが近道だったりするし、たまには間違って遠回りもするわけだが、この辺が面白いところでもある。
と、話は逸れたが、今日の話は気功師さんの話の続き。
彼自身は、現在IT関連の仕事をしている。言うなれば気功とは正反対のシステムを扱っていると言って良いだろう。そんな仕事をしながら、引き寄せられるがごとくスピリチュアルな世界へ突入している。
今日は、食事中に珈琲の味を変えてくれた。結構はっきり分かる。マイルドになってる。その変化がプラシーボ効果(思い込み)によって起こるのか本当に変化しているのか検証は出来なかったが、彼の話によると以前実験したときは、気を入れるとその液体のクラスター(http://
そーゆー科学実験を依頼されてやったらしい。
で、重要なのは、彼の力がプラシーボだろうとなかろうと、結果として人の体を直したり、場の雰囲気を変えることになるということだ。
私は昔体を壊していた時期があって、病院にいっても一向に良くならず東洋治療で治した経験がある。そのとき思ったのは
「手法は何でも良いので体が良くなればオッケー」
という事だった。結局信じるものは救われるということか?ま、それだけなら、それはそれでいいのだが、どうにも、それだけでは説明できないことが多すぎるなあ。
彼は、つい最近まで、自分の力を誰かと話すことが出来ず、ある意味悩んでいた。普通の人には起こらないいろんな出来事が自分には降りかかってくる。しかしそれを誰にも話すことが出来ないのだ。
去年くらいからやっと話の通じる人たちが現れ、ずいぶん楽になったと言っていたが、果たして去年急に現れたのか?きっとそうではない。ある一定の量的変化によって質的変化がおきる時期に来ているのかも知れない。
20 3月
夕方から会食で1000Bさんと一緒だった。
1000Bさんはすごい。何がすごいかって存在自体がすごい。兎に角、人を超越している。誰もまねの出来ない経験を積んでいる。仕事の変遷もすごい。
一番最近の仕事は猿回しだ・・・。
たまたま会った猿回しの村崎さんと意気投合。
「五島列島に旅に出るので一緒に行くか?」
といわれて、そのままついて行ったそうだ。舞台でいきなり太鼓叩きの役をやらされ、何百人もの前で、「太鼓名人」と紹介され、一人で適当に芸を披露したりする。無論これまで、太鼓なんて叩いたことはない。
仕舞いには、猿と人参の取り合いになって喧嘩して戻って来たそうだ。
それ以外にも沢山の仕事を経験しているが、残念ながらここには書けそうもない仕事が半数以上だ。もちろんそんな人だから中国や色んな国にも行ってる。
税関の人とも顔なじみだ。ふふふふふ。
いやあ、いつか自伝を書いてもらいたいなぁ。
あ、1000Bさん呼んでポッドキャストで放送しようかな・・。すごいだろうなぁ。
僕が聞いただけでも、カヌーのインストラクター、サバイバルインストラクター、トンボ玉インストラクター、陶器の行商、カメラマン、HipHopショップ の店長、ギタリスト、輸入業者(運び屋?)、兵隊・・・この辺は詳細は書けねぇ・・・サラリーマン以外はありとあらゆる職業を転々としている。
定住は出来ないタイプの為、一時は波野村に高床式の1000B小屋というのを作って、一年ほど狩猟生活を送っていたそうだ。
風が吹けば、ギシギシと揺れ動く小屋は、隙間風がモロに入ってくる。冬ともなれば九州とはいえとても寒い。どのくらい寒いかというと、寝袋から出 している顔が寝息で真っ白く凍ってしまうし、珈琲を飲もうとカップに注いで、2~3回かき混ぜると、ジャリジャリとシャーベットになるそうだ。
試しに室内の気温を測ってみたら-27度だったという。(マジかよう)
ちなみに、銭金から出演依頼の電話があったのだが、丁寧にお断りしたと言っていた。
ほんと、冗談のようなのだが、実際たずねて行った友人も居て、友人によると
「今日は1000Bさんは、ウサギ捕ろうとしたら野生化した猫に横取りされて怒ってたよ」
やはり、食物を横取りされるのは相当につらいらしい。
16 3月
今日は専門学校の卒業式。卒業式はまあ、卒業式なわけで無難に終ったわけだが、そのあと学生達が企画した卒業パーティーというか飲み会に参加して来た。
普段学校では、あまりプライベートな話もしなかったんだが、去年あたりから「ま、いいか」という感じで、多少昔のバンドのことやら、スピリチュアルな話題を話して見た。
その性か、結構学生の皆さんとも仲良くなれたのだが、本日は卒業後ということもあり、普段の馬鹿話を全開でやっていたところ、「笑いすぎて頬が痛いので、止めて下さい」と、学生から窘められた。
「俺、先生と呼ばれるの本当は嫌いなんだよね」と、言ったところ「じゃあ、浅川さんでいいですよね。なんだ、もっと早く行ってくださいよ。だったらこっちだって気楽に話せたのに、就学中は話す機会なかったっすよね」等と言われた。
そーなのである。
未だに「先生」とか言われるのは苦手だ。
ま、言うほうは単に記号としての「先生」であり、そこに意味はない。それは分かっているんだが、それにしてもまだむずがゆい。
「先生」とはもっと偉い人のことを言うような気がしてならない訳だ。よし、来期は生徒に「先生」と呼ぶことを禁止してみようかな。「浅川さん」ないし「浅川君」あたりでどうであろう?たまには「あさかわ」と呼んでもいいし、「あさ!」でもいいかも。
名前がだめなら「班長」とか「隊長」または「キャップ」ってのもかっこいいな。む、無理ですか?
1 3月
まあ、他人は何とでも言うわけですが、何に対して強いのか何に対して弱いのか人それぞれですねぇ。
でまあ、「強し」と「毅」というのはちょっと違う訳ですね。「強し」という言葉の裏には、脆さを含んでいまして、どちらかというと弱さの裏返しだったりする場合があるように思います。
この本質的に弱さを内包している人を仮に強君と呼びましょう。それに対して、本質的に強さを持っている人を毅君と呼びます。
たとえば、何かの問題が起きたとき、その違いは明確になります。 強君の場合、問題の原因を他者に求めます。「あいつのせいで、おれはこんな被害を受けたんだ。あいつが悪い。」 これはいわゆる自己保身からくる攻撃性ですね。
それに対して毅君は、問題が起きても感情的にはなりません。冷静に物事を判断して、解決策を見つけます。「この問題起きたのは、自分にも問題があるからだ」と考え、どんなに不条理な問題でも自分の糧にします。
とまあ、いくらでも書けますが、出来れば私も毅君になりたいですわ。
25 2月
物事を考える場合にサディスティックに考えるのかマゾヒスティックに考えるのか自分の場合どうなのか分類してみると、圧倒的にマゾヒスティックに考える場合が多いように思える。
つまり攻撃的か受身なのかということだが、何か問題が起きた場合、攻撃的になるということは、自分にとっては敗北に等しい。いわゆる「怒ったら負け」という感が強いのだ。
従って、トラブルの最中でも自分の感情は強く抑える事が多く、ほとんど感情的になることが少ない。しかし、怒っていないからといって、自己の意思を通さないということではない。
時間をかけてゆっくり方向性を変化させる。最終的に自分の思った方向へ向けばいいと思っている。
このやり方では、相当な我慢強さも要求されるが、この世はままならない事も多く、それらに一々怒っていてもエネルギーが枯渇する。自分が我慢できるのであれば、どこまで大丈夫なのか試してみるのも悪くない。
しかし、最後には結局自分の判断通りに物事を進めてしまう。ある意味、傲慢なやり方だ。流されつつ、流れを強引に変えてしまう。
それって、究極の我侭である気もするが、どうもこのやり方以外できないようだ。
だが、受身であるということは案外厳しい局面も踏んでしまう。一人で運転している時や、一人で仕事していると突然「うりゃーーーーーーー」と叫んで頭をかき回している。
ふふふふふ、そういう時は近寄らない方がいいぜ。多分、ヘッドロックしてブレンバスターかけたりされるぞ、ひっひっひ。
21 2月
以前結構はまっちゃって自分でも焼いていた。普段デジタルな仕事ばかりをしていると、その反動でコントロールの難しい世界に魅力を感じるのかもしれない。
デジタルメディアというのは、キーボードとマウスとで制御する情報の媒体でありそれらを作り上げる我々はその時点において神となれる。
つまり、強い独占欲や支配欲を満たしてくれるメディアでもあるわけだ。従って、その中に埋もれていると外界からは隔絶されたとしても、それを意識することさえ出来なくなる。
いうなればデジタル自閉症みたいなものだ。
ご多分に漏れず、マッキントッシュを手に入れたときは、日がな一日延々とデジタルな新しい世界の世界観に埋もれていた。それは、テクノミュージックが生まれた時、高橋ユキヒロが言っていた
「今は、ヒューマンビートのグルーブと180度違うマシンのビートにシンクロするのが気持ちいい」
というような、感じか。
クラフトワークやディーボのようにマン・マシーンと成ることが、ある意味現実の苦しみから逃れる手段と成っていたのかもしれない。
実生活において苦しみや悲しさが多ければ多いほど、我々はマシーン化して感情を押し殺してしまうのかもしれない。悲しくても泣くことを拒否し、苦しくても声を押し殺して、アンダーグラウンドな世界と同化することを望む。
本当は泣けばいいのだ。本当は叫べばいいのだ。しかし、それをすることが、出来なかった。
陶芸を始めたのはそんな時期だったように思う。
コンピューターは自分の知識と理性で制御できる。しかし、「火」は、それだけでは制御不可能だ。そこには、「感」と呼ばれる総合的な判断力や、偶然さえも味方につけるほどの意思みたいなものが必要とされる世界。
面白い。
何度焼いても思ったように出来ない。それが面白い。
正直に言えば、現在の陶器の美的基準は、千利休の亡霊を抱いたまま存在している。しかしこれがまた、なかなかラジカルでいいのだ。
先日、寿限無のマスターから頂いた彼の焼いた陶器にも、そのラジカルさがある。ロクロにしても、整形にしてもプロではない。しかし、そこには、一貫した「美へのスタンス」が感じられ、使っていて楽しくなるのだ。
サンキュー・マスター。
20 2月
先日のペマでオーラ写真をまたまた撮影していただいた。ま、オーラは相変わらずでかくて黄色を中心に光っていたわけだけど、その鑑定していただいた人が
「あ、なんかすごいですね。あ、これは・・ええとあの、私、浅川さん見て、あの何か人と違うもの感じてたんですけど、確信しました。ええと、言いにくいんですけど浅川さんって宇宙人じゃないですか?わたし・・そうかなっと思ったんですけど、きっとそうです。」
・・・・・・・・・・
うふふふふふ。今度は宇宙人になってしまいました。さらにその日、色々見える人からは、「さっきから浅川さんと話してると、平賀源内って名前が出てくるんですよ。浅川さん平賀源内じゃないですか?」と尋ねられた。
どはははははは。
http://
中山さんからはチベット関連で憤怒神がバックに居ますねって言われた上に、ペマでの前世占いでは「国民を間違って皆殺しにした霊的指導者」と言われ、ますます混迷の度を増す私の正体であった。
13 2月
先のカルカッタでのライブは、東京から越してきて1年ほどたった時だった。
「はじめましてKEITAさん」
「あ、どうも」
「あのわたくし、音楽などの仕事もしているんですが、なかなか今日のライブ良かったです。それで、音響などの機材も持っていますので、必要があればPAのお手伝いなどしますよ。」
といった会話からKEITAとの付き合いが始った。
それからというもの、熊本各所で行われるライブの時には必ずPAやレコーディングのお手伝いをする事となった。
小さな漁村の一角にある彼の家には、電化製品がほとんどない。テレビですら最近までなかった。ご飯は土間にある釜で炊く。料理は地元で獲れた魚中心で基本的には菜食である。庭には家庭菜園があり野菜を作っている。
時間が出来ると彼の家を訪ねては、テクノロジー・ストレスを治療するような事が度々あった。何もないのである。何もない家で一日中何もしないのである。たまに、KEITAの太鼓を借りて海辺に出て波の流れを見ながら太鼓を叩く。実に、贅沢な時間だ。
彼の生き方を自分は真似できない。また、するべきではない。彼はジャー(ラスタの神)から選ばれた人物なのだ。自分とはまったく違う価値観と時間軸で生きる彼であるからこそ、私は彼を尊敬できると言える。
ただ、その本質的な部分で、やはり繋がっているのだろう。彼とは今後も友人であり続けると思う。
PS.KEITAのCDを視聴出来るサイト見つけました。
http://www.awa-muse.com/music/healing.html
視聴にはリアルプレヤーが必要です。ちなみに、このCDのブックレットの写真の半分くらいは私が担当しています。
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