熊本市 DELTA WORKS のメンバーがお届けするCMS制作日記と日常の変なこと
18 5月
「72人かぁ、これ以上の人数を浄霊するのは、今日は無理ですね。困ったな」
何しろ、急にチャネリングの能力が芽生えたAさんにも負担が大きすぎる。困惑している気功師さんにAさんの口を借りて寂庵さんが語りだした。
「分かっております。私は、そのためにやって参りました。こうして集まっている霊の皆さんの整理は私が引き受けたいと思います。何しろ気功師さんには、今後、宇宙的なレベルでお役目が来るかもしれません。その日の為にも、私に出来る事はお手伝いしたいのです。」
「宇宙ですか?」
「はい。」
(うううう、だから、幻魔大戦じゃないってーのよ:Stir)
そうして寂庵さんは、順番待ちしている霊体と交渉して、次の浄霊まで待つように手配してくれた。
その結果、先ほどまで、よどんでいた空気も清浄化され、更には、その店にも寂庵さんの協力で、店内まで邪悪なものが入り込まないよう、結界を作り見張りをつけることになった・・・・(ど、どんな見張りなんだろ?)
18 5月
彼らは寂庵(漢字の正式な表記は分からないけど一応こう書いておく)さんと話をすることにした。
「寂庵さんも上に昇りたいのですか?」
少し間があってAさんの口から意外な言葉が流れ出した。
「いえ、私は上に昇りたくてこちらに参ったのではありません。わたくしは、あなたのお手伝いの為に参りました。」
「お手伝いとは、どういうことでしょう?」
「わたくし自身は、この界隈の○○寺にて仕えておりましたが、年齢を重ね、命を失いました。そのときに上に昇ることも出来ましたが、霊界の彷徨える魂を感じるにつけ、ここに留まり、その皆さんのお手伝いをすることを決意しました。」
「それは、浮遊霊の為にこの世に残ったということですか?」
「その通りです。そのなかで、あなたの話を他の霊から聞きました。非常に大きな力で、浄霊の出来る人がいると。あなたの事は、霊界でも話題になっているのです。」
「霊界で、私のことが話題になっている?」
「そうです。私どもの様な霊的存在の場合、ある程度似通った波動を持つものは、シンクロして連絡を取ることが出来ます。その連絡網であなたのことを知ったのです。あなたのことを知っているのは私だけではございません。先の3人もそのニュースを聞いてやってきたのです。」
「霊界にもMIXIみたいなものがあるんですね」
「MIXIが何かは分かりませんが、霊同士話すことは出来ます。今日も先の3人以外あなたのことを頼って多くの霊がここに集まっていますよ。外をご覧ください。」
そういわれて、さっきまで、三体の霊がいた辺りを覗き込むと・・・三体どころかその後に列を作って何かのエネルギーが連なっている。
「わ、これ全部霊の皆さんですか?」
「そうでございます」
「一体何人いらっしゃるんですか?」
「人数は分かりかねますが、ここからADOの先まで並んでおります」
「ええええ、それはすごいな。もし出来たら正確な数字が知りたいんですが、数えていただけますか?」
「分かりました。行って参ります。」
瞬間、寂庵さんの気配が消え、すぐにまた現れた。
「数えてまいりました。72人です」
18 5月
「あ、なんか聞こえます」
「じゃあ、名前を聞いてみてください」
「はいやってみます」
しばらくの間があり、彼女はある名前を口にした。その名前に関しては、思い当たるふしが無い。
「なぜ、現れたか聞いてもらえますか?」
この時点から、Aさんは、すらすらと答え始めた。その内容を要約すると、
私は○○○○と言う老婆です。昨年病気で亡くなったが、孫の○○が、近くの○○小学校に通っています。その孫が今クラスの同級生にいじめられていて、それが心配で未だにこの世に留まっています。しかし、今日は気功師さんに浄霊していただき天に戻るために来ました。ついては、孫のことだけが気になりますので、よろしくお願いします。との事。
○のなかには具体的な名前が入るわけだが、ここでは書けない。もちろん後日実際にその学校でそれに当たる子供がいるのか確かめることになっている。
つまり、その霊は、その気功師さんのことを同じ霊界の住人から「あの人が成仏させてくれる」と聞いてやってきたのだというわけだ。他の2人も同じ目的らしい。
その老婆を浄霊し、天界に戻した後、続けて、他の二体もチャネリングをやることになった。Aさんのチャネリングはよどみなく続く。
一人はバイク事故で亡くなった女子大生。もう一人は老人。二体とも、邪気や悪念は薄い。先の老婆と同じように、天界に戻るためにやってきたという。この二人の浄霊が終了し、一息ついたところに、4番目のお客様がやってきた。
その人の名は「じゃくあん」さん。
続く
17 5月
またもや、気功師さんにおこった出来事です。
現在、気功師さんは、定期的にある場所で治療の仕事をしている。それは兼ねてから治療中のAさんと雑談していた時におこった。
「今、店の外に3体の霊体らしきものが感じられたんですけど、Aさん、何か感じませんか?」
「あ、そうでしょう?私も何か居るんじゃないかなと思っていたところなんですよ」
Aさんにはもちろん、これまで霊的な体験がある訳ではないが、気功師さんの治療を受け始めて、どうやら自分にもその力があるらしい事に気づき始めていた。
気功師さんも彼女にその力が備わっているらしい事に気づいていて、あえてその話題を振ってみたわけだ。
「Aさん、実はあなたには霊的なパワーを感じる力があるんじゃないかと思いますが、どうですか?」
「いや、私なんかそんな力はないですよ」
「でも、店の外に何か来ている事はわかったんですよね」
「はい、そーなんじゃないかなーと思っただけですけど」
ここで、気功師さんは実験してみる事にしたわけだ。
「では、ちょっと実験してみてもいいですか?」
「ええ、いいですよ」
「それでは、外に居る霊らしき存在を店の中に入れてみますね」
「え、大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。悪意のある霊とは思えません。」
そういった瞬間、3体のうちの1体が店の中に入ってきた。彼ら二人が座っている向かいの席にその霊が座ったようだ。
「Aさん、心を集中してこの霊に語りかけてみてくれませんか」
「でも、どうすればいいんです?」
「目を閉じて、ただ念じればいいんですよ。まずは名前を聞いてみましょうか?」
Aさんは目を閉じ、念じ始めた。
続く
27 4月
僕らはそれぞれの人生を生きていて、それはそれぞれがそれぞれの歌を歌っていることに他ならないね。
だとすれば、この世は壮大なシンフォニーであると思うんだ。
その響きが存在を存在たらしめているんだなぁ。
音楽はだから僕らの存在に訴えることが出来る。そーゆーものだと思う。
僕らの心はそれぞれのフィルターを通して、現実を見ているけど、音楽はそのフィルターを超えて届いちゃったりするんだね。
心の歌を僕らは歌い続ける必要がある。そんなことをぼんやり考える夜なんだ。今日は月がきれいだ。
25 4月
昨日は夕方高1の娘と何人かで食事した。その際娘が気功を受けてみた。その実況を娘のブログから無断転載してみよう。
*******以下転載***************
ええまあ、そんな感じで色々お話してたら夜になったのでみんなでご飯食べ行こうぜって事になり、うどんを食べに行ったのです。
その時面白かったのは、携帯の話。
三体憑かれていた可愛いお兄さんの携帯から悪い波動が出ているといって、気を込めた後。
「魔界に通じている人間が待ち受け画像を作るとね、変な波動が出ちゃうんだよ」
へー。
すげー。
それで、手を出してごらんと言われ携帯の少し上に手を出したら、「あたたかいでしょう?」と訊かれました。
残念ながら、店内が少し暑かったのでよく分からんかったです。
しかし、気功師さんが言うには「あー、反応してるね。君は潜在能力があるよ」との事。
わあーい!これで、メイド服が標準装備で眼鏡っ子の萌え萌え気功師になれるね!
メイド姿で「はあっ!」と気を放ったら人が吹っ飛んでいくんだよ!
すげえ画だな!
で、肩が痛いと訴えたら治してあげようかーと言われたので、その時は「いやまあどうでもいいんすけど」とは思いつつお願いしてみたのですね。
そして時間にして数十秒。
全然触れたりはしてなかったのですけどね、「どう?」と訊かれ半信半疑でちょっと肩を動かしてみると
「んん・・・?変わったような変わってないような・・・な・・・・・・うおお!?」
軽い。
軽い。
羽が生えたYO!
油をさされた様だYO!
感動した。しかも、肩だけじゃくて、首と肩と背中がすーっと軽くなった。
なんだか変な暖かい感情がふわーと湧いてきたので、「なんだこれ」と思ってそれを引き出してみたら、泣けそうになりました。
あの感情はよく分からない。
心がほぐれたというと非常に恥ずかしい言い方になるが、そんな感じだったのかもしれない。
20 4月
我々が認識できるリアリティーとは何か?
どうも、最近色んな人と話してみて気づいたのだが、我々が「現実」と思っている世界は実は単一のものではなく、それぞれが感じた「世界」としてパラレルに存在しているのではないかということだ。
簡単に述べるなら人それぞれが認識している「現実」とはそれぞれ違うということだ。
ややもすると、私が見ている世界と彼が見ている世界は同一のものであると誤解してしまうが、そうではないような気がする。
対象への捕らえ方によって、「現実」そのものは大きく変化する。例えば、不条理な出来事が起きた場合、受け取り方で、その「現実」というものは大きく変わる。人によっては、単なる偶然、人によっては霊的な力であったりするのだ。
つまり、科学的な論点から物事を計る場合と、なんだか分からないが精神的尺度で物事を測るのでは、その有り様自体が変わるわけだ。
元来物事自体が相対的にしか存在しないのであれば、その出来事自体を絶対的な尺度から規定すること自体意味が薄い事でもある。
でまあ、重要なのは、この価値観の違いというか、「現実」そのものが多様に存在し、自己の「現実」が絶対ではないという事実だ。
我々日本人は単一民族で単一の言語を話し理解しているように思いがちだが、実は別々の言語を持ち、それぞれがバラバラの「現実」を生きていると考えたほうがいいようだ。
15 4月
前にも書きましたが、私の長女は今年から高校生になりました。これまで、7年間学校というものに行っていません。
それが昨年の11月末
「そろそろ、キャンパスライフってやつでもやってみようかな」
等と、能天気なことを言い出し、あわてた私は
「お、おまえ勉強どーすんだよ。全くやってねーじゃん」
等と言ったのでした。
「ま、何とかなると思うよ」
じ、実にいい加減です。
しかしまあ、その言葉通りに受験して合格、晴れて女子高生となった訳です。
でまあ、今日学校はどうなのか聞いてみました。
「そね。面白いよ。担任の女性の先生も新任で、あたふたしてるし、その”あたふたさ”加減は結構可愛いかも。イラスト部があって、連中はオタク系だから話は合うね。」
実にふてぶてしいとでも言いますか・・・でも、楽しそうで良かったです。
4 4月
昨日は休みをいただいて(ちゅうか、自営業なので勝手に休み作った)霧島のDr.Fuuuさんに会いに行った。
Dr.Fuuuさんとは、細野晴臣のライブでほんの5分くらいお話しただけで、会ったことが無い。
ただ、そのときの印象で、
「あ、これはもう一度会わなければいけない」
という確信があった。
まあ、こんなときの確信って根拠は何も無い、いわゆる直感だ。単なる思い込みといっても良いかもしれない。
しかし、たまにはこうーゆー直感・・予感・・は大事にしたほうが色々面白いことが起こる。
2日当日は、阿蘇での仕事があったため、夕方からの出発になった。車でいけるところまで行って、そのまま車の中に泊って、翌朝会いに行こうと思っていた。
同行したのはゆみさん。
途中、八代の繁華街で食事を摂り、高速を使わず人吉に入る。それにしても球磨川沿いの道は夜中走ると町の明かりも少なくどこと無く不気味な感じがする。
人吉で一泊しようかと考えていたが、途中クラフトパークまで来たところで、Dr.Fuuuさんから電話が入った。
「夜の1時頃まででしたら起きていますので、どうぞおいでください」
「いえいえ、こちらはワゴン車で来ていますので、深夜でご迷惑でしょうから車のなかで泊まる予定です。」
ちなみに、ワゴン車というのはうそだ。実際は小さな軽自動車(R1)で向かっている。ワゴン車を借りる予定もあったが、ナビが壊れてたので、自分の車を使用した。
「霧島は寒いですから、どうぞ、遠慮なくおいでください」
「いやもう、大丈夫ですよ。ただご心配かけるといけないので、一応到着したら電話しますね。」
ということで、急遽人吉インターまで戻り高速に乗って向かうことにした。
1 4月
結局、その気功師さんは、現在所属している会社辞め、4月から気功師としての道を歩むことを決断された。
彼の言葉から引用しよう。
「これまで私は、自分の力に対する戸惑いから、一時期精神的にも追い詰められ、鬱状態になってしまい、人前に出ることさえ出来ない時期がありました。その時期は本当に苦しく、誰にも話すことが出来ない孤独の中でのた打ち回っていたんですよ。でも、こうして徐々に話の通じる仲間が出来、それぞれの力をお互いに尊重しながら使うことが出来ることに、大変な感謝を感じます。私自身には何の力も無く、この「力」自体は天から授かったものとして認め、少しでも苦しんでいる人のためになれれば有難い事です。」
話を聞いてみると、今まで色んな事でだまされたり、利用されたりしているようである。それは、気功師としててはなく、仕事における事や個人的なことでの出来事が多いらしい。
我々が生活をする上で、精神世界と現実世界その両面のバランスが重要だ。いくら力があっても、現実に食べていけなくては意味が無い。現世が修行の場だとすれば、その修行もきっちり勤め上げなくては、この世に生まれてきた意味も無いのだろう。
そんなわけで、ペマの一角をを利用して、その気功師さんに気功療法の診療所をオープンしていただくことになった。
今なら先着100名様にハワイ旅行プレゼント!!なを、お友達をご紹介いただいた方に20パーセント・マージンバック。さらにそのお友達のお友達からは5パーセントマージンバック!・・・・と、これは冗談。
こーゆーのに利用されないよう気をつけよう。あははははは。
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