熊本市 DELTA WORKS のメンバーがお届けするCMS制作日記と日常の変なこと
28 7月
車の中で、灰皿の中の残り火が燻っていたので、何か消せるものがないかとシートの下をまさぐったら、「寝癖直し」のリキッドがあった。
アルコール類は使っていないのでこれでいいだろうと、灰皿の中にブシュブシュと噴射しながら助手席にいた彼女に云った。
「あららら、燻ってますねぇ、ちょっと消火しますよ。寝癖直しだけど・・。」
そのとたん、彼女の顔色が変わって、口から何かの噴出物が吐瀉された。ちょうど、私が自分で飲むために買った『午後の紅茶Splecial』を盗み飲みしていたようだ。
「わああ。お前逆流してるぞ」
あわてて、タオルを渡して事なきを得たが、『寝癖直し』のリキッドも消火薬として有効な事を発見。しかも、タバコくささが消えてよい香りもする・・・。
ふふふふふ。
17 7月
普段、薬と言うものは基本的に一切飲まない。これは、東洋治療で体を直した経験から、そう決めている。
しかし、歯痛だけは我慢できない。
今日はパソコンのメンテナンス中に突然奥歯に痛みが走った。その直後から錐で刺すような痛みが始った。
「あ、いかん。これは痛い。わ、すごく痛い。あ、なんか作業が出来なくなってきた。エントラージュのDBの再構築にはオプションキーが・・・痛 い・・・。オプションキーを押しながら起動させて・・痛い・・・あれ、涙が出てきた。おかしい、目がかすむ。オプションキーを押しながら・・・あ、だめだ DBの再構築に失敗する・・・わ、何かで刺されているんじゃないか・・・オプオプオプ、オプションキーが痛い・・だめだ。思考が混濁している。あ、なんか 脳の中で自然に何かのホルモンが出ている感じがする。なんか、視野も変だ。」
立ち上がってみた。
「わ、なんか意識がおかしい。揺れている。ふわふわする。気持ちいいような気がするけどやっぱり痛い。こ、これは仕事にならない・・・。」
仕方なく、ふらついた足取りでメンテナンスを中断し、薬局に鎮静剤を買いに出た。急いで2錠飲む・・30分で嘘のように痛みが消える。メンテを続けて一段落してその場を離れることにした。
「なんだ、薬って利くなぁ。でも、この後、カジシン寄席(落語)だけど大丈夫かな?」
国際交流会館で行われたカジシン寄席では、立川談志さんの弟子の立川笑志さんが、カジシンさんの小説を原作に新作落語を披露し始めた。しかしである、やはり、また、痛みがぶり返してきた。
「やばい、また痛みが始った。だめだ、これはまずい。落語どころではないよ」
一緒に行ったゆみさんが言った。
「薬また飲めば大丈夫よ」
「いや、さっき規定の2錠飲んだばっかりだからな」
「大丈夫大丈夫」
もう一錠飲んだ。10分ほどすると随分痛みは緩和されてきた。しかし、おかしい。異常に眠い。だめだ、落語が耳から入ってこない。
あ、しょうしさんが、なにか おもしろいことを いっているな。いっているけど、なにが おもしろいのかな?みんなわらっているけど、きっとおも しろいのだな。裏バレエと闇エアロビってなんだ?たたかうのか?しかし、なんか、ねむいな。このまま微動だにしないで、ねるというのは、ぎょうぎがわる い。でも、ねたほうがいいかもしれない。家に帰るほうがいいかもしれない。でも、帰る前に寝るほうがいいかもしれない。
結局、何が何だか分からない。
そんなわけで、普段薬を飲まないと頭痛薬3錠でラリルということが判明した次第です。
車運転して自宅まで帰りましたが、普段はありえないほどの法廷速度遵守、安全運転でした。
28 6月
音楽始めた頃の話書いていて思い出したが、刑務所の中から一度だけ手紙をもらった事がある。その手紙にはこう書いてあった。
「あさかわさん。ベースギターと、ギターと、シンセと、ビデオデッキと、カメラとか盗んだのはぼくです。いまは刑務所で罪をつぐなっています。刑務所を出たら、必ずお金を持ってあやまりにいきたいとおもいます。」
という内容だった。
あれ?そういえばヘッドレスタイプのベースギター見当たらないな・・・アリアプロ?のB.Cリッチモデルのギターも無いな....ぎゃああああ あ。あいつに盗まれたんだ。人に貸したんじゃなかったんだ。そういえば、先日あった時、あいつ、なぜか玄関から入ってこなくて、塀をよじ上ってたんだよ な・・・・そうか。あいつが持っていったんだ!!
気づくのが遅すぎである。今は既に汚れてしまい、そんな事も無いが、昔はあまり他人を疑う事がなかった。だから、まさか友達に盗まれていたとは思わなかったのだ。
その友人は、僕が音楽をやっていると聞いて訪ねてきた近くにすむ今で云うイケメンで、バンドがやりたいと相談を受けていた。たまに、曲を作ってやって彼のバンドで演奏する事もあった。
そいつが窃盗犯だったのだ。盗んだ楽器は質屋に持っていきお金に換えていた。何のためか?
ドラッグである。薬で人生を狂わされたのだ。
それ以来、彼からの連絡は無い。勿論、お金も返してもらっていない。まだ生きているといいなぁ。
26 6月
車を運転していると携帯が鳴った。イヤレシーバーを慌ててつけて電話に出た。
「浅川さん」
「お久しぶり。どうしたの?」
「えとね。つまんない質問だけど。インターネットのホームページ見ようとしたら警告が出て見れないんだよね。」
「どんなウェブなの?」
「エロサイト」
「そっちの環境は?」
「ええとWindows98SEで、Flashのサイト見ようとすると、DLLがなんとかって警告出るのね。」
「ああ、98かぁ・・ちょっと厳しいよね。多分、OSとの整合性か、OS自体に問題がある可能性も高いかな?せめてWindows2000ならね。」
「そっか、やっぱりこのPC買い替えかな・・?」
「そうだね。考えたほうがいいよ。」
電話が切れた。
彼との付き合いもずいぶん長い。彼が熊本大学の哲学科に通っていていた頃からだから・・・うーん兎に角長い。
卒業後、鬱的な症状が現れしばらくは入退院を繰り返していたが、現在はそれなりのレベルで安定している・・・。
ゲイの世界は色々専門用語があって彼らの言う発展場という場所で、性交相手を求めて集まるそうで、熊本市内にもそんな場所があるらしい。まあ、それほど興味は無いので、あまり突っ込んだ話は聞いたこと無いが、話を聞けば面白いだろうな。
調子のいいときの彼は、結構イケメン(「イケメン」という言葉自体もゲイ用語であるのよ)で、理知的な話方をするが、調子の悪いときの彼は薬でレロレロである。多分、これからも彼との付き合いは続くと思うが、肉体関係は無い。
しかし、ゲイの彼が見たがっていたエロサイトには多少興味もあるが・・見る勇気は無い。
参考サイト:発展場
http://
15 4月
前にも書きましたが、私の長女は今年から高校生になりました。これまで、7年間学校というものに行っていません。
それが昨年の11月末
「そろそろ、キャンパスライフってやつでもやってみようかな」
等と、能天気なことを言い出し、あわてた私は
「お、おまえ勉強どーすんだよ。全くやってねーじゃん」
等と言ったのでした。
「ま、何とかなると思うよ」
じ、実にいい加減です。
しかしまあ、その言葉通りに受験して合格、晴れて女子高生となった訳です。
でまあ、今日学校はどうなのか聞いてみました。
「そね。面白いよ。担任の女性の先生も新任で、あたふたしてるし、その”あたふたさ”加減は結構可愛いかも。イラスト部があって、連中はオタク系だから話は合うね。」
実にふてぶてしいとでも言いますか・・・でも、楽しそうで良かったです。
28 3月
20 3月
夕方から会食で1000Bさんと一緒だった。
1000Bさんはすごい。何がすごいかって存在自体がすごい。兎に角、人を超越している。誰もまねの出来ない経験を積んでいる。仕事の変遷もすごい。
一番最近の仕事は猿回しだ・・・。
たまたま会った猿回しの村崎さんと意気投合。
「五島列島に旅に出るので一緒に行くか?」
といわれて、そのままついて行ったそうだ。舞台でいきなり太鼓叩きの役をやらされ、何百人もの前で、「太鼓名人」と紹介され、一人で適当に芸を披露したりする。無論これまで、太鼓なんて叩いたことはない。
仕舞いには、猿と人参の取り合いになって喧嘩して戻って来たそうだ。
それ以外にも沢山の仕事を経験しているが、残念ながらここには書けそうもない仕事が半数以上だ。もちろんそんな人だから中国や色んな国にも行ってる。
税関の人とも顔なじみだ。ふふふふふ。
いやあ、いつか自伝を書いてもらいたいなぁ。
あ、1000Bさん呼んでポッドキャストで放送しようかな・・。すごいだろうなぁ。
僕が聞いただけでも、カヌーのインストラクター、サバイバルインストラクター、トンボ玉インストラクター、陶器の行商、カメラマン、HipHopショップ の店長、ギタリスト、輸入業者(運び屋?)、兵隊・・・この辺は詳細は書けねぇ・・・サラリーマン以外はありとあらゆる職業を転々としている。
定住は出来ないタイプの為、一時は波野村に高床式の1000B小屋というのを作って、一年ほど狩猟生活を送っていたそうだ。
風が吹けば、ギシギシと揺れ動く小屋は、隙間風がモロに入ってくる。冬ともなれば九州とはいえとても寒い。どのくらい寒いかというと、寝袋から出 している顔が寝息で真っ白く凍ってしまうし、珈琲を飲もうとカップに注いで、2~3回かき混ぜると、ジャリジャリとシャーベットになるそうだ。
試しに室内の気温を測ってみたら-27度だったという。(マジかよう)
ちなみに、銭金から出演依頼の電話があったのだが、丁寧にお断りしたと言っていた。
ほんと、冗談のようなのだが、実際たずねて行った友人も居て、友人によると
「今日は1000Bさんは、ウサギ捕ろうとしたら野生化した猫に横取りされて怒ってたよ」
やはり、食物を横取りされるのは相当につらいらしい。
16 3月
今日は専門学校の卒業式。卒業式はまあ、卒業式なわけで無難に終ったわけだが、そのあと学生達が企画した卒業パーティーというか飲み会に参加して来た。
普段学校では、あまりプライベートな話もしなかったんだが、去年あたりから「ま、いいか」という感じで、多少昔のバンドのことやら、スピリチュアルな話題を話して見た。
その性か、結構学生の皆さんとも仲良くなれたのだが、本日は卒業後ということもあり、普段の馬鹿話を全開でやっていたところ、「笑いすぎて頬が痛いので、止めて下さい」と、学生から窘められた。
「俺、先生と呼ばれるの本当は嫌いなんだよね」と、言ったところ「じゃあ、浅川さんでいいですよね。なんだ、もっと早く行ってくださいよ。だったらこっちだって気楽に話せたのに、就学中は話す機会なかったっすよね」等と言われた。
そーなのである。
未だに「先生」とか言われるのは苦手だ。
ま、言うほうは単に記号としての「先生」であり、そこに意味はない。それは分かっているんだが、それにしてもまだむずがゆい。
「先生」とはもっと偉い人のことを言うような気がしてならない訳だ。よし、来期は生徒に「先生」と呼ぶことを禁止してみようかな。「浅川さん」ないし「浅川君」あたりでどうであろう?たまには「あさかわ」と呼んでもいいし、「あさ!」でもいいかも。
名前がだめなら「班長」とか「隊長」または「キャップ」ってのもかっこいいな。む、無理ですか?
21 2月
以前結構はまっちゃって自分でも焼いていた。普段デジタルな仕事ばかりをしていると、その反動でコントロールの難しい世界に魅力を感じるのかもしれない。
デジタルメディアというのは、キーボードとマウスとで制御する情報の媒体でありそれらを作り上げる我々はその時点において神となれる。
つまり、強い独占欲や支配欲を満たしてくれるメディアでもあるわけだ。従って、その中に埋もれていると外界からは隔絶されたとしても、それを意識することさえ出来なくなる。
いうなればデジタル自閉症みたいなものだ。
ご多分に漏れず、マッキントッシュを手に入れたときは、日がな一日延々とデジタルな新しい世界の世界観に埋もれていた。それは、テクノミュージックが生まれた時、高橋ユキヒロが言っていた
「今は、ヒューマンビートのグルーブと180度違うマシンのビートにシンクロするのが気持ちいい」
というような、感じか。
クラフトワークやディーボのようにマン・マシーンと成ることが、ある意味現実の苦しみから逃れる手段と成っていたのかもしれない。
実生活において苦しみや悲しさが多ければ多いほど、我々はマシーン化して感情を押し殺してしまうのかもしれない。悲しくても泣くことを拒否し、苦しくても声を押し殺して、アンダーグラウンドな世界と同化することを望む。
本当は泣けばいいのだ。本当は叫べばいいのだ。しかし、それをすることが、出来なかった。
陶芸を始めたのはそんな時期だったように思う。
コンピューターは自分の知識と理性で制御できる。しかし、「火」は、それだけでは制御不可能だ。そこには、「感」と呼ばれる総合的な判断力や、偶然さえも味方につけるほどの意思みたいなものが必要とされる世界。
面白い。
何度焼いても思ったように出来ない。それが面白い。
正直に言えば、現在の陶器の美的基準は、千利休の亡霊を抱いたまま存在している。しかしこれがまた、なかなかラジカルでいいのだ。
先日、寿限無のマスターから頂いた彼の焼いた陶器にも、そのラジカルさがある。ロクロにしても、整形にしてもプロではない。しかし、そこには、一貫した「美へのスタンス」が感じられ、使っていて楽しくなるのだ。
サンキュー・マスター。
20 4月
2005年7月21日の日記
私の小学校の同級生にAという友達が居る。彼とは中学校の頃までは良く遊んでいた。しかし高校に入ってからは同じ学校だったにもかかわらずほとんど話すこともなくなった。何かの問題で仲たがいしたと記憶しているが、その理由は定かではない。
卒業後10年位経った或る日、突然電話があった。
「今、近くの飲み屋で飲んでいるんで、来ないか?」
「おおおお、久しぶり。今家でも飲み会しているので、長くは居られないけど行くよ」
そんな会話があり、居酒屋に行ってみると
「実は今、心配している女性が居て、彼女が友達と飲みに来てるんだけど、見張ってるんだ」
「えっ?」
「いやあ、で、一人で居酒屋ってのもおかしいので、お前が近くに住んでること思い出して 電話したのよ。ほら、あそこの隅で4~5人で飲んでいるグループが居るだろう?あそこの右から3番目が彼女で・・・・・・」
「おいおい、そんな理由で呼んだのかよ。まあいいけど、大丈夫そうじゃん。職場の連中と飲んでるだけみたいだし、それより家に来いよ。」
家に来るように誘ったのには理由がある。彼の行動やしゃべっている内容に、何か違和感を覚えたからだ。このまま、尾行なんて真似させてはいけない という、予感があった。実際彼の話を自宅で聞いてみると、さらに幾つかの問題があることが分った。そうして私が出した結論は・・・・。
「こいつはヤ・バ・イ」
であった。
その後、事あるごとに、話を聞き、色々相談に乗っていたが、その彼の今で言うストーカー行為は治まらない。ついには相手の女性の職場に忍び込ん で、個人ファイルを盗み出すようなことまで始めてしまった。私は、何とか彼の気持ちを治めようと、カウンセラーなど紹介して、診断を受けに行ってもらった が結局、カウンセラーと喧嘩して、それも続かなかった。仕舞いには、
「お前の実家は、彼女の会社と取引があるだろう?それで、お前彼女から俺のことを頼まれたんだろう?でなきゃ、こんなに親身になってくれるはずもない」
等と言い出す始末・・・・・・・さらには、自宅に電話してきて、嫌がらせの内容の留守電を入れたりする。これには切れた。自分が対処できることならまだしも家族に迷惑をかけるようでは、もう付き合いきれない。そこで、彼を呼び出し。
「てめえ、いい加減にしろよ」
ということで、縁を切った。
それから1~2ヶ月経った或る日。ふと新聞を見ていると次のような見出しが飛び込んできた。
「逆恨みからの犯行か?女性宅玄関に軽トラックで飛び込んだ男逮捕される」
勿論、名前はA君・・・・・・・・正直不謹慎ながら大笑いした。やりやがった。でも、軽トラックで飛び込むあたりには小心さが伺える。
その彼が別の女性に対して強制ワイセツ傷害容疑で6月25日に再逮捕されたのだ・・・。
それで、彼は事情聴取の中で私の名前を出したらしい。しかも彼が言うには
「私は足フェチで、そのことはこいつに聞けば分る」と・・・。
しらねーよぉ、そんな性癖!!!
ちなみに、10年前の事件後1年位して道端で偶然会った事がある。厳密に言うと、信号待ちをしていた私の後ろに車を停めて、降りてきて私にこういった。
「お前、この前新聞に載っていただろう?いくら金払った?」
「何云ってんだよ」
「だから、新聞にCD発売するって言って載ってただろう?」
「アホカ?金なんか払うわけねーだろ」
その当時チャリティーを目的の一つにした自主制作CDを新聞に取り上げられた事を云っているらしい・・・その時は、信号が青になってそのまま別れたが、「変わってねえな」というのが、私の感想だったことを覚えている。
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