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‘バイク事故シリーズ’ カテゴリーのアーカイブ

大学時代にバイクで事故った03

事故の翌日、(だったか2~3日過ぎてだったか忘れた)加害者である男性(大学生)が母親を連れて、挨拶に来た。

たまたま両親も居たので、5人での話し合いが始まった。相手の母親がこう切り出した。

「うちの息子は、アルバイトしながら自分で学費をかせいで大学に行ってる苦学生なんです。それで今回の事故は友人から借りた車で起こしてしまった為、車の修理代を払わないといけないのですが、その分は補償してくれますか?」

唖然とした・・・・・・・。

唖然として、怒る気にもならなかった。しかし当然のことながら、それを聞いた両親がブチきれて、口論が始まった。私の母が

「ちょっと待ってください。お金の話は後ではないんですか?普通ならまず怪我している息子に詫びを入れるのが筋でしょう」
「しかし、私の息子もこれで大学にいけなくなるかも知れないんですよ!」
「ですから、そーゆー問題ではないでしょう」

しばらく口論を聞いていた私は、ベットから身を起こして

「まあまあ、双方も言い分があると思いますが、ここは病室です。他の患者さんの迷惑になります。怪我しているのは私で、まだ手術受けてませんので、これから足のほうもどうなるか分らない状態です。ちょっと落ち着いてから話したほうが良いですよ」

と、いいながら、”あれ?なんで俺が両方をなだめているのかな・・・”と疑問に思ったのであった。流石に怪我人から諭された加害者は、「それでは、また来ます」と云って帰っていった。帰った後、確かに相手の言うことはおかしいなあ?などと思い、相手の言っていることを思い出していたら、あまりの理不尽さに笑いがこみ上げてきた。

私は、この3年生の終わりに起こした事故で、出席が足りず、後に2単位を残して大学を退学するのであるが、別に加害者を恨むような気持ちにもならなかった。逆に松葉杖をついて学校に通うのが面白かった。だって、事故じゃん。悪意があっておこしたことじゃないもんね。

まあ、どういう相手なのかは分ったので、これは当人同士の話では収拾が付かないだろうということで両親と相談してこれ以降の話は、保険屋さんにお願いする事になった。(後で分ったが、相手は任意保険に加入していなかったようで、その辺もきつかったんだろうね)勿論補償額は9対1という条件で話が決まった。だってぇ、こちらはちょっと速度オーバーしていたくらいで、過失がなかったからね。

また来ますって、言った割には、退院するまでの3ヶ月間(複雑骨折で時間がかかった)結局母親が来ることはなく、1ヶ月くらいして、一度だけ当事者がやってきた。

「すみませんでした。私も大学をやめることにしました」

ああああ、まだわかっていねー。「すみませんでした」は良しとしよう。(事故の後1ヶ月経っていたとしてもね)しかし、「私も大学やめることにしました」ちゅうのは余計だね。「おらあ、そんなこと知ったこっちゃねえよ。それとも大学辞めたのは俺のせいなのか?そう言いたいのか?いや、無意識にそう思っているだろう。ああ、わかった。自覚がないんだ。自分が起こした事に対して分っていないんだ。なんちゅー鈍感なやつだー」と言いたくなる所をぐっと我慢して「そうですかーーー」と答えてしまった自分に逆にちょっと落ち込んだりして。

そーゆー時にはちゃんと言うべきなんだろうねー。ちゃんと指摘するべきなんだろうねぇ。失敗した。

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大学時代にバイクで事故った 02

バイクで事故った私は、初めて担架というものに乗せられ、救急車の中に運び込まれた。しかも、骨折した右足を少しでも動かすと、激痛が走る。

で、その激痛を和らげるため私がとった行動とは・・・。

「とにかくしゃべる」で、あった。 救急隊員相手に

「いやすみません。これ折れてますか?」

「あー折れてるね」

「やっぱりそうですよね。折れてますよね。いやあ、初めて骨折したんですけど痛いですね。」

「そりゃ痛いよ。骨折だもの」

「そうですよね、骨折ですよね。骨折って痛いに決まっていますよね」

べらべらしゃべる私の発言は止まらない。救急病院に担ぎ込まれる際も、迎えに出てきた看護婦さんに向かって、

「あ、どうも、骨折しちゃいました。お世話になりマース」

という感じ。 レントゲンやら応急処置やら何かと受ける最中もずっとしゃべりっぱなし。

「ここ、香椎のどの辺ですか。うがっ。あー香椎宮のそばですね。うりゃああ。ここって、救急病院だから看護婦さんも大変ですよね。24時間体制なんでしょう?どぎゃああ。僕ってあんまり病院とか来ないんですけど、やっぱり、あれですね。病院のお世話にはならずに済めば成らないほうがいいですよね。あじょおおお。・・・・」(赤字は叫び声)

そうして、やっと一日目の入所儀式が終了。晴れて入院患者の一員になったのだった。その日の夜の看護婦との会話。

「はーいこれ、痛み止めです。どうしても我慢できなかったら飲んでくださいね。」

「わかりました」

確かに痛い。じっとしても痛みが右足から駆け上ってくる。勿論眠ることなんて出来ない。

看護婦さんが「どーしても我慢できない時飲め」といった薬は手元にあるが、我慢できなくもない。

こーゆー時に我慢するコツというのは 「痛いのが当たり前、痛くて当然。痛い状態が普通」というように自己暗示をかけるのだ。そーすると、多少苦しさ遠ざかる。そうやって、うつらうつらしながらも朝を迎えた。

朝の看護婦さん

「あら?薬飲んでないの?」

「いや、どーしても我慢できない時飲めって言われたから、何とか我慢しようと思って・・・」

「へー。初めてだわ。骨折して痛み止め飲まなかった人」

「へーっ」って ・・・・「へーっ」て云うなぁ だったら、はじめから「痛み止めです。飲んでくださいね」って云え! こうして壮絶な入院生活が始まった。

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大学時代にバイクで事故った01

2006 年 2 月 28 日 コメント 2 件

私は大学生の時、原付のシャディーで事故ったことがある。

その時付き合っていた女のこの家に向かって、福岡の香椎から西区へ3号線を飛ばしていた。ちょうど、通勤時と重なり車道は車でいっぱい。その車の脇をすり抜けるように走っていた。天気は薄曇り、少しだけ日が翳っている。

消防署の前を通り過ぎようとした瞬間、突然体に衝撃が走った。 ズガ!ドン、ガシャーン 私は、車の間をすり抜け、右折しようとした対向車によって、その直進しようとする慣性力を一瞬にして奪われたのだ。その衝撃で車の側面にノンブレーキで激突し、吹っ飛んだメガネなしの裸眼で見えたのは曇った空を飛んで行くカラスの群れ。

その直後右足に激痛が走った。 「おどりゃ、ぐおおおおおおおお!!!!」 なんだか足が痛い。激突して倒れたバイクの下敷きになった私の右足は見事にスネのところで複雑骨折。運転手が車か降りてきて、狼狽している。見た目では自分とそれほど違わない年頃の男性。

「だ、大丈夫ですか?」
「だだだだ、大丈夫なわけないです。救急車呼んでください。」
「分りました」

近くの人たちも集まってきた。勿論私は動けない。しばらくすると何の前触れもなく ピーポーピーポーピーポー! そうである。私が事故ったのは消防署のすぐそば、駆け寄ってきた救急隊員は私を見て

「大丈夫ですか」
「大丈夫です。」

私がそう答えると同僚の隊員に向かって小声で

「あ、こりゃたいした事ないな」と、ほざきやがった・・・・。

”てめーらにはたいした事なくてもこっちはたいしたことあるんだぞおおおおお ” とまあ、心の中では思いつつも、担架に乗せられ初めて救急車に乗り込むのであった。

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