熊本市 DELTA WORKS のメンバーがお届けするCMS制作日記と日常の変なこと
5 7月
ローカル番組の製作会議では、様々な企画を考え幾つかは採用された、基本的に企画のみでそれ以降はディレクターが引き継いで進行していた。例えばこんな企画である。
「熊本弁公開講座」
イメージは中州産業大学のタモリみたいな教授役が出てきて、熊本弁を解説するのだ。後ろには黒板、前には出演者が机に座り講義が始る。
「今日は『あたじゃー』の使い方を勉強します。それでは、私の後について復唱してください。『あたじゃー文句ばいうな』はい!」
「あたじゃー文句ばいうな!!」
てなぐいあいだ。
それら企画進行には飽き足らず、しばらくは出演していた。『データ』君と言う役で、色んなランキングのパソコンオペレータである。基本的に言葉はしゃべらない。黒ぶちメガネに七三分け。まあ、下らないといえば下らないアイディアだが、自分では結構気に入っていた。
そうこうして半年ほど遊んでいると突然プロデューサーが私に言った。
「あ、そーだ。君音楽作れるんだよね。今度番宣用の曲必要なんだけど。やってみる?」
「はい、やります。」
すでに音楽のことは忘れかけていた時期に、音楽が仕事として動き始めた。全く予想もしていない事態である。
それ以降、年間にすると相当な本数のCMソングを作る羽目になっていく。先にも書いたが、私自身は、音楽の基礎的知識さえ持ち合わせていないし、楽器も殆ど弾けない。しかし、「やる」と言ってしまったのだ。しかも、CMソングというのは、簡単ではない。
自分のやりたい音楽なら誰にだって出来るが、クライアントやディレクターの望むスタイルの曲を作らなくてはいけない。
例えば熊本日日新聞社の「みなよむにっこり」というCMソングを作ったとき、ディレクターから言われた。
「あ、今回は、ハワイアンかカントリーで行きたいんだよね。」
「あ、分かりました。ハワイアンかカントリーミュージックですね。」
全然わからない・・・・分からないのだが無理やりつくる。しかも七転八倒しながらつくる。
「があああ、出来るわけねええだろー。ハワイアンなんて無理だー。どうせ、俺には才能無いんだ!!だめだ、おれはだめ人間だー」
などと叫びながら作る。そーすると案外出来たりする。無理して作るので、そのズレみたいなものが逆にインパクトに繋がることがある。ディレクターもそれを狙っていたらしい。
ま、そんなこんなで、番組製作、音楽製作と副業は増えていくのだった。
つづく。
3 7月
スタジオに入り、MCの方に挨拶して、簡単な打ち合わせをして収録が始った。
「今日は、自主制作で音楽を作っている浅川さんをお招きしました。」
グレーのスーツを身にまとい、メガネをかけた7/3別けのサラリーマン風のいでたちの私がフォークギターを抱えて登場した。
「浅川さんは、Brain Weather Projectというバンドをやっているそうですが、メンバーは何名構成ですか?」
「はい。メンバーはドラムと、ギターとベースとシンセとパーカッション合わせて1名です。」
「1名?」
「はい。バンドは1名です。私だけです。私の音楽性を理解できるメンバーが居なかったので現在は私一人です。」
当時多重録音で一人で全部やっているのは少なかった。
「一人でどうやってバンドやるんですか?」
「あー、やろうと思えば出来ます・・・。」
というような会話が続き、16mm(オープンテープ)で、持ち込んだカラオケをバックに演奏が始った。
「それでは、失恋のどん底で生まれた『Under the Complex』という歌を歌っていただきましょう」
最初は、フォークソングみたいな歌い出しだが、徐々に乱れてくる。最後は、暴れ始めMCが止めに入って、つまみ出されるという構成。
まあ、擬似的ハプニングだ。
当時からまともな音楽をやっていたわけではない。
この出演がきっかけとなり、後日ディレクターから電話があった。
「浅川君。君放送に興味あるんだろ?テレビ番組の制作ブレインで手伝ってくれない?」
それが、最初の本業以外の副業の始まりだ。
翌日から週一の製作会議に参加して番組の企画をすることとなった。
正直、放送には興味があったが、業界に入る気は全く無かった。基本は写真屋であり、あくまでも遊びだったのだ。
つづく
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