Archive for 4 月, 2006

出会い系メール

もう。大馬鹿ですね。以下転載です。
**********転載****************
初めまして。見知らぬ人間からいきなりのメールの到来、
すわ何事かといぶかしんでいるかと思われます。
当方、米田寅美という婆で御座います。
主人は既に他界しており、息子夫婦も四年前に事故にて失い、
今は息子夫婦の残した孫娘と朗らかな日々を過ごしております。
やつがれと同年代で嗜む者が多い盆栽にもゲートボールにも興味が無く、
趣味は専らインターネットでのエロ画像の収集であります。
早速ですが今回メールさせて頂いた本題に入ります。
折り入ってお願いがあるのですが、
孫娘と交尾して頂けないでしょうか。
孫娘は、身内であるやつがれの贔屓目抜きでも
別嬪だと思っているのですが、
如何せん奥手で内気な性格が禍して、二庶O回の誕生日を
迎えた今でも処女なんです。処女膜、在中です。
若かりし時分のやつがれは、孫娘と同じ年齢の頃には何署lもの
殿方と交尾を夜な夜な繰り返し、「淫獣」の通り名を轟かせ、
快楽に満ち溢れた人生を謳歌していたものです。
孫にも交尾の悦びを覚えさせたい、
少なくともやつがれの血を引きし者として、
根は淫乱であろう事は想像に難くないのですが、
切っ掛けに恵まれてないのが不幸で。
孫の許可も既に得た上で、こうして
交尾していただける殿方を探しているんですが、
お願いできないでしょうか?
謝礼金も用意出来ますので。
それでは、御返事お待ちしております。
長文失礼致しました。
**********転載****************
日本語無茶苦茶。婆さんが自分のこと「やつがれ」って言わないっての!
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警察の事情聴取を受けた(説明)

2005年7月21日の日記
私の小学校の同級生にAという友達が居る。彼とは中学校の頃までは良く遊んでいた。しかし高校に入ってからは同じ学校だったにもかかわらずほとんど話すこともなくなった。何かの問題で仲たがいしたと記憶しているが、その理由は定かではない。
卒業後10年位経った或る日、突然電話があった。
「今、近くの飲み屋で飲んでいるんで、来ないか?」
「おおおお、久しぶり。今家でも飲み会しているので、長くは居られないけど行くよ」
そんな会話があり、居酒屋に行ってみると
「実は今、心配している女性が居て、彼女が友達と飲みに来てるんだけど、見張ってるんだ」
「えっ?」
「いやあ、で、一人で居酒屋ってのもおかしいので、お前が近くに住んでること思い出して 電話したのよ。ほら、あそこの隅で4~5人で飲んでいるグループが居るだろう?あそこの右から3番目が彼女で・・・・・・」
「おいおい、そんな理由で呼んだのかよ。まあいいけど、大丈夫そうじゃん。職場の連中と飲んでるだけみたいだし、それより家に来いよ。」
家に来るように誘ったのには理由がある。彼の行動やしゃべっている内容に、何か違和感を覚えたからだ。このまま、尾行なんて真似させてはいけない という、予感があった。実際彼の話を自宅で聞いてみると、さらに幾つかの問題があることが分った。そうして私が出した結論は・・・・。
「こいつはヤ・バ・イ」
であった。
その後、事あるごとに、話を聞き、色々相談に乗っていたが、その彼の今で言うストーカー行為は治まらない。ついには相手の女性の職場に忍び込ん で、個人ファイルを盗み出すようなことまで始めてしまった。私は、何とか彼の気持ちを治めようと、カウンセラーなど紹介して、診断を受けに行ってもらった が結局、カウンセラーと喧嘩して、それも続かなかった。仕舞いには、
「お前の実家は、彼女の会社と取引があるだろう?それで、お前彼女から俺のことを頼まれたんだろう?でなきゃ、こんなに親身になってくれるはずもない」
等と言い出す始末・・・・・・・さらには、自宅に電話してきて、嫌がらせの内容の留守電を入れたりする。これには切れた。自分が対処できることならまだしも家族に迷惑をかけるようでは、もう付き合いきれない。そこで、彼を呼び出し。
「てめえ、いい加減にしろよ」
ということで、縁を切った。
それから1~2ヶ月経った或る日。ふと新聞を見ていると次のような見出しが飛び込んできた。
「逆恨みからの犯行か?女性宅玄関に軽トラックで飛び込んだ男逮捕される」
勿論、名前はA君・・・・・・・・正直不謹慎ながら大笑いした。やりやがった。でも、軽トラックで飛び込むあたりには小心さが伺える。
その彼が別の女性に対して強制ワイセツ傷害容疑で6月25日に再逮捕されたのだ・・・。
それで、彼は事情聴取の中で私の名前を出したらしい。しかも彼が言うには
「私は足フェチで、そのことはこいつに聞けば分る」と・・・。
しらねーよぉ、そんな性癖!!!
ちなみに、10年前の事件後1年位して道端で偶然会った事がある。厳密に言うと、信号待ちをしていた私の後ろに車を停めて、降りてきて私にこういった。
「お前、この前新聞に載っていただろう?いくら金払った?」
「何云ってんだよ」
「だから、新聞にCD発売するって言って載ってただろう?」
「アホカ?金なんか払うわけねーだろ」
その当時チャリティーを目的の一つにした自主制作CDを新聞に取り上げられた事を云っているらしい・・・その時は、信号が青になってそのまま別れたが、「変わってねえな」というのが、私の感想だったことを覚えている。
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スピリチュアル系シリーズ(パラダイムシフト)

元妻から聞いた話なんですが、先日阿蘇で行われたレインボウ2000という音楽イベントで叔父は儀式系のリーダーをやりました。でまあ、そこに突然、5人組の男女の一団が現れ、祝詞を上げ始め、「これで7番目の岩戸が開きました」といって去っていったそうです。
彼が言うには「その人たち人間の格好はしていたけど、この世の人たちではなかったもんねぇ」ということで・・・ま、そんんな訳で、それらが意味するところは「今日本を中心としたパラダイムシフトが始まった」ということらしいです。
だとすると、どんな未来が我々の行く手に広がっているんでしょうかね?
それらの出現に立ちえあることが出来ればいいなあ。
どちらにしても現在の日本の在り方には、歪が出ているわけで、戦後の混乱期から日本人としてのアイデンティティーを喪失したままで、このまま変わらずにいけるはずもないと思うなあ。
http://www.switch-pub.co.jp/switch/2005/05/
上記の
特別企画
UA SOUNDS FROM THE WOODS
対談|UA×正木高志
というのが元妻の叔父です。
PS.ここからは今日の雑記です
これら意識の変容をパラダイムシフトと捕らえると、叔父の予感はこの時期すでに働いていたわけですね。それらが本当に進行しているのか?確証があるわけでもないのですが、最近、私自身やその周りの人に何らかの兆しが現れているというのは、実感できています。
ちなみに、私自身はリアリストでして、普段からスピリチュアルな事を考えているわけではありません。現在シリーズとしてこれを書いていますので、多少偏った捕らえられ方をするかもしれないと危惧もしていますが、実際は普通の人間です。
ただ、身の回りに起きる色んな出来事に対して、「常識」のみの枠内で考えるのは性に合いません。すべての科学が万能な世の中でもないだろうというのが、基本的スタンスです。
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スピリチュアル系シリーズ(モノリス発見)

僕の知り合いで整体をやっている女性がいる。今回は彼女からの話。
昔(15年前)、体を壊していた事があって、その時行っていた健康道場ってのがある。それは自宅のすぐそばにあるのだが、いろんな東洋治療を試し てそこが一番良かった。でまあ、そこがある日全く違う治療法として整体をはじめた。これがまた面白い。普通の整体とは全く一線を画している。
で、まあ、確かにすごく利く。
それをその知り合いの女性にも教えてあげたら、治療法に感動して仕事を辞め、創始者の元に弟子入りしてしまった。それだけでもすごい話なんだけど、その彼女から別の友達を通して聞いた話です。
現在彼女は、創始者の千葉の自宅に下宿している(というか創始者は全国を飛びまわっているので、そこには居ない)
ある日、自宅に戻ると、その先生のカバンが部屋においてあった。そこで、先生が来ていると慌てた彼女は、先生を探したが見つからない。電話をかけてみると単にカバンを忘れて出かけたということ。その電話での話し。
「先生どうして急にこちらにいらっしゃったんですか?」
「いや、自宅の箱に呼ばれたんだよ」
「えっつ、箱?」
「うん、箱だよ」
「どんな箱ですか」
「いやあ、その箱見つけたのでこっちに持って帰ったんだけど、中にはスプーンが入っていた。まだ、私にも呼ばれた意味は分らないんだけどね」
さらに後日、先生が
「今度は秋葉原のバッテリーが私を呼んでる」
と言い出した。これってどーゆーことよ・・・で、先生は秋葉原に出かけていって、これのようだというバッテリーを買って帰った・・・・そしてその二つの箱型の物体を見ながら先生は考えていた。
「そうか!比率だ!」
その2つの箱における共通点は縦横高さの比率が同じなのだ。
「これで治療用のベットを作るんだ!」
そうなのだ。その比率によって治療の効率が相当アップするらしい。実際にその比率でのベットを作ったら、治療効果が目に見えてアップしているとのこと。いやあ、すごいよねー。
このようなこと書くと訝しがる人も居ると思うんだけど。僕自身体を直している体験があるので、一概に否定はできない。人知の及ばないところで色んな力が働くことは良くあると思うのね。
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スピリチュアル系シリーズ(去年の予言)

予言されちゃった
今日は、午後から非常勤で勤めている訓練校・・・ちゅうかヒューマンアカデミーの講師会議に参加。友人の講師が寝過ごして遅刻して入室した途端、そのまま最優秀講師で表彰されるのを横目で眺めながら、眠気と戦いつつ、まじめに会議を聞いた。
そのあと、友人たちと草間さんの展覧会を現代美術館に見に行き。その圧倒的な存在感ちゅーか、いってしまっている感性に感動。
一端元妻のところに寄って、話していたらなんや、スピリチュアルな方向に話が弾む。でまあ、原子核と電子の話などして、素粒子論の簡単な説明などしつつキーワードは「場」だぁー、などとと適当なことを言いつつ、友達のところにシステム再構築したiBookを届けに行く。
でまあ、ここでも又、面白いことが起こった。その席に同席していたジャズボーカリストの女性と話していたら(タスマニア人だっけ)日本の能が好き だと言い出したので、無茶苦茶な「能」の真似を披露。そしたらなんと大受け。自分のステージで15分やるからやってくれと、訳の分らない事を言い出す始 末。
ま、そこまではジョークですんでいたわけだが、途中から家族の話になり、彼女が言った「ちょっと手を触らせてくれる」「いいですよ」そうしたら彼女が、私のプライベートについて次々としゃべりだした。
いやあ、英語だったのでディティールは分からなかったが、その殆どがドンピシャで、おどいたなぁ。
ほんと、面白かったな。彼女のサジェスチョンと、ちょうど同じ事を考えていたので、自分の考えを後押しされた感じ。物事には偶然はないので、これもまた必然のなせる技かな。ありがたやありがたや。
ソーユーことが起きる僕ってラッキイーと思った夜でした。
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スピリチュアル系シリーズ(透視能力)

透視能力
そういえば、昔、透視された事がある。
すでに15年以上前の話なのだが、その当時付き合っていた彼女がイギリスに留学していた。ある日、その彼女から国際電話がかかった。
「昨日、銀行行ったよね」
「えっ?うん。行ったよ。」
「それから友達の家に遊びにいって、○○で、一緒にご飯食べたよね。」
「うん。そうだけど、えっ?なんで?知ってるの?」
「うん。なんか見えたのよ。」
「見えたんだ。」
「そう、ちょうどあなたの2メーターくらい上から見えたのでづっとついて行った。」
「へー。すごいね。」
とまあ、こーゆー調子だ。その時は、「不思議だなー」とは思ったものの、「そんな事もあるんだろうなー」位しか感じなかったわけだが、しばらくしてこう思った。
「げげ、という事は浮気とか出来ないジャン!」
いやああ、それはそれで、なんかキビシーなーと思ったのであった。
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スピリチュアル系シリーズ(きっかけ)

別にスピリチュアルな体験のきっかけではない。音楽を始めたきっかけを書く。
しかしこのことは、私にとって大きな精神的ショックと転機であったと言えるだろう。
私自身は音楽は聴くものと、ずーっと思っていた。ところが突然作り始めるのだ。私が意識して音楽を作り始めたのは大学を卒業して、自宅で怪我の療養しながら写真屋をやっていた24~5歳の時だった。
その時、高校時代から付き合っていた彼女が居た。すでに8年以上の付き合いで、結婚するかもしれないことは周知の事実。それがある事件で破綻する。その事件のことを私はイメージ・ダメージと呼んでいる。
簡単に書けば浮気されたのだ。それで、崩壊したした私は「何か自分を取り戻す行為をしなきゃ」って思って音楽という表現活動を始めるのだ。
http://wacca.tv/a/BWP/
ここに、イメージ・ダメージという曲が登録されていて聞くことが出来る。詳細は音楽で確認してくれたまえ。
このときの感想は
「あ、僕は精神としては死んでいる。死んでいるはずなのに、死なない。ということは{生き続ける}という仕掛けがあるはずだ」ということだ。
つまり、精神的に死んだと感じても死なないわが身は、私が生きているのではなく。生かされている、または、生きるというプログラムの元に私は存在しているという事実だ。
これは、ある意味大きな収穫だった。
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スピリチュアル系シリーズ(大学生)

ちょっと、観念的な話で面白くなくてごめん。
さて、先に書いた心理学から精神世界への傾倒とともに、ニューエイジ・サイエンスに目覚める。
フリチョフ・カプラ、ライアル・ワトソン、アサー・ケストラー、J.E.ラブロックなどが今の私の基本的な思想を形作っているといっても過言ではない。
これらの思想・哲学・宗教・科学を網羅した考え方には今でも深く共鳴している。
全体と部分、ミクロとコスモス、それらの織り成す相似形は、すべての物事を判断するときの基本事象だ。インアンドヤンの思想にしろすべては相対的に存在し、そこに絶対的な存在はない。
例えば、素粒子の世界は実に奇怪であり、通常の概念が通用しない。電子など、質量を確定しようとすると位置が確定できなくなり、位置を確定すると質量が無限大になる・・・おかしいだろ?
ただこれらの、概念を物質としての通常の概念で捕らえるところに基本的な無理があり、私自身は「場」としてのエネルギーを前提に考えることで状況を推測することにしている。
ああ、だらだら書いてしまったが、感覚としてこの時期大きな変化があったのは確かだ。それまでの物質的目に見えるものだけを認識していたのとは違い、目に見えない「何か」の存在を認識し始めていたといえるだろう。
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