ちょっと、観念的な話で面白くなくてごめん。

さて、先に書いた心理学から精神世界への傾倒とともに、ニューエイジ・サイエンスに目覚める。

フリチョフ・カプラ、ライアル・ワトソン、アサー・ケストラー、J.E.ラブロックなどが今の私の基本的な思想を形作っているといっても過言ではない。

これらの思想・哲学・宗教・科学を網羅した考え方には今でも深く共鳴している。

全体と部分、ミクロとコスモス、それらの織り成す相似形は、すべての物事を判断するときの基本事象だ。インアンドヤンの思想にしろすべては相対的に存在し、そこに絶対的な存在はない。

例えば、素粒子の世界は実に奇怪であり、通常の概念が通用しない。電子など、質量を確定しようとすると位置が確定できなくなり、位置を確定すると質量が無限大になる・・・おかしいだろ?

ただこれらの、概念を物質としての通常の概念で捕らえるところに基本的な無理があり、私自身は「場」としてのエネルギーを前提に考えることで状況を推測することにしている。

ああ、だらだら書いてしまったが、感覚としてこの時期大きな変化があったのは確かだ。それまでの物質的目に見えるものだけを認識していたのとは違い、目に見えない「何か」の存在を認識し始めていたといえるだろう。