明日は25年ぶりに友人と再会します
私自身は、例えば、旅行に行くにしても、音楽のライブに行くにしても、あまり緊張しないし、ワクワク感もない。割と淡々としている。さらに、酒を飲んでも騒ぐということもなければ、気分が高揚した経験もない。多少ロレツが回らなくなる程度だ。
別に出かけることが嫌いないわけではないし、酒も嫌いではない。体を壊してからは量を飲めなくなったが、ワインは飲んでしまう。
でまあ、何が楽しみなのかというと、やはり「人と話す」という事が好きらしい。しかも、あまり会えない友人との再会は楽しみである。ちょっとワクワクする。
会っていない期間にお互いに何があり、何が変わり何が変わらないのか?それらを話せるというのは一種のアドベンチャーなのだ。
はたまた、この時期に再会する「意味」とは何か?それらが理解できるのか?やっぱりアドベンチャーだ。
彼らのために、私は何を用意できるだろう?
今日は、妻と明日の食事の材料を買いに出たり、酒を選んだり、会話のBGMでかける音楽を選定したり。結構ワクワクしてきた。

これくらいあれば大丈夫かな
1.球磨焼酎 松の泉酒造 「水鏡無私」 熊本
2.瑞鷹酒造 清酒 「旭日」 熊本
3.スパークリングワイン ROGER GOULART CAVE GRAN CUVEE 2000 SPAIN
4.DEHESA DE RUBIALES ALAIA SPAIN 2005
5.Chateau Pontensac 2002 France
リンク見ていただくと分かりますがどれもおいしそうでしょう?
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Comments
そうだね。元々「スピリチュアル」という言葉が一般的になってから良い面と悪い面が出てきている気がする。
例えば、予感だったり、人の心を言い当てたりというのは、人間が根源的に持っている能力の一つに過ぎない。
そこのところがわかっていないと、何でもかんでもスピリチュアルのせいにしてしまう事になって、問題の本質から目をそらしてしまう。
勿論、この世のなかは、還元論的に解決できるのではないから、それだけに固執するのも馬鹿だが、原因と結果という因果関係を自覚しない限りは、自立的に生きるのは難しい。
僕は今の時代に重要な事として人々を導けるちゃんとした宗教が必要だと思っている。宗教を生きるための哲学として捕らえれば指針を持たない人にとっては大事な哲学であるだろう。
しかし、私自身は何かの宗教に帰依することはないだろう。
不完全でも自分の中にその対象を求めたいと思っている。
現在、チベット支援アート展でバタバタしてて、ブログを書く事もまま成らないが、また落ち着いたら色々書く予定。
それらイベント中で、またまた色んな事が起きたからね。






やっほ~~!
ゲリラ豪雨が夜中の3時から降り出し、眼が覚めてしまった。
この雨で無事に辿り着けるのだろうか?
予約センターは相変わらず繋がらない。まるでSFだ。とにかく、なんかに乗ってやってくるけん♪
昨日は父の7回忌のあと、注文していた酒器を取りにいきましてん。
3つもってくるから、これで飲もうぜ。
お連れ合い様、お世話になります。うるさい奴らとはおもいますが、25年という歳月に勘弁してくださいませ。
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