先日、長女の勧めで「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」のDVDを借りてきて見た。

なかなか面白い。勘違いしているサトエリが演じている姉、澄伽のパーソナリティー設定が秀逸だ。なんというか、現代社会の問題を凝縮しているような気がする。

映画の公式サイト

結局、我々は夢がもてないのだ。将来に夢が持てなければ、勘違いでもして夢を持たなくてはやっていけない。そんな感じだ。

人間一度方向性を誤ると、どんどんエスカレートして行き、自己分析が不可能となる。善悪の概念自体があやふやである故に、自分の価値観を正当だと思い込んでしまえば、そこに傲慢さが生まれ、全ての問題の原因を他者に求めることと成る。

ただ、大きく方向性を誤った人間を観察するのは面白い。

笑えるのだ。その人が一生懸命になればなるほど、どんどんズレていく。そのズレが面白い。

しかし、我々はなぜ笑うのか?映画のストーリーは正直鎮痛で、ネガティブさに満ちている。しかし、「笑える」

そもそも、笑いのシステムとは何だろう?そんなことを考えた映画であった。