熊本市 DELTA WORKS のメンバーがお届けするCMS制作日記と日常の変なこと
10 8月
先日、長女の勧めで「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」のDVDを借りてきて見た。
なかなか面白い。勘違いしているサトエリが演じている姉、澄伽のパーソナリティー設定が秀逸だ。なんというか、現代社会の問題を凝縮しているような気がする。
結局、我々は夢がもてないのだ。将来に夢が持てなければ、勘違いでもして夢を持たなくてはやっていけない。そんな感じだ。
人間一度方向性を誤ると、どんどんエスカレートして行き、自己分析が不可能となる。善悪の概念自体があやふやである故に、自分の価値観を正当だと思い込んでしまえば、そこに傲慢さが生まれ、全ての問題の原因を他者に求めることと成る。
ただ、大きく方向性を誤った人間を観察するのは面白い。
笑えるのだ。その人が一生懸命になればなるほど、どんどんズレていく。そのズレが面白い。
しかし、我々はなぜ笑うのか?映画のストーリーは正直鎮痛で、ネガティブさに満ちている。しかし、「笑える」
そもそも、笑いのシステムとは何だろう?そんなことを考えた映画であった。
3 返信元 は "映画「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」"
先生、大丈夫ですか?
笑いって理詰めするのはいけません。
そうとうタフじゃないとダメですよ。
中島らもが桂枝雀に言ってました。
うんまぁ、そうれはそうですが、しかしながら、「笑」という行為には、人間独自の何らかのシステムがあるはずね。動物にもあるかもしれないけど。
感情を分析するときに「怒り」とか「悲しみ」とかは理解しやすいのだけど、「笑」は難しい。んで、難しいと考えたくなるわけだ。
そうとうタフですね。。
しかし優秀なシステムエンジニアになるためにはこういった事考えるのも必要なのかもしれない。
と無理やり納得。。。
あぶない☆
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