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大学生の時にバイクで事故った11

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その日は新しい患者が入院してきた秋のある日だった。

彼とは、年齢が近い事もあり、すぐに打ち解けて院内の喫煙室でいっしょに世間話をする事になった。秋の日差しは思ったより強く、喫煙室の白いレースのカーテン越に、黒いソファーに縞模様を作っている。

そのソファーに腰掛けた彼は、ゆっくりとタバコをポケットから取り出し、ライターで火をつけた。逆光の中でタバコの煙が渦を巻いている。私のほうから尋ねた。

「あのう、見た所どこも悪くないようですが、内臓系の疾患ですか?」
「いや、偏頭痛がするんですよ」
「そうですか、頭痛ってきついですよね」
「もう2年近くに成るんで慣れたといえばなれたんですけど、やっぱり我慢できない時があって、今回も入院する事にしたんです。」
「えーでも、ここ救急病棟ですよね。でしたら脳神経外科とか行かれたほうがいいんじゃないんですか?」
「そうなんですが、昨日発作起こしてしまって、急だったので救急車呼んでもらったんですよ」
「あーそうなんですね」

そんな話をしながら2人してタバコをすっていたのだが、ふと見ると彼の肩がかすかに震えている。

「あれ?大丈夫ですか?なんか震えてませんか?」
「いや、大丈夫です。」
「顔色悪いですね。」

彼は「大丈夫、大丈夫。」と言いながら、だんだん、ソファーの上で肩を丸め膝を抱えだした。

その時、何か嫌な予感がしたのだ。

「あ、それじゃあ僕病室に帰ります。」

その頃私は、松葉杖だったが、その嫌な感覚から逃れたいという想いから、足早にその場から逃げ出した。

その直後だった。

「ヅアーーーーッ、アーーーーーーッ」

その彼が喫煙室で暴れだした。とにかく目に見えない何かと格闘しているような彼の動きは一種の非現実感を私に与えた。”ここは救急病院である。その、病棟の喫煙室で男が暴れている”一瞬、事の事態が良く理解できなかったが、慌てて看護婦を呼び行った。

看護婦が慌てて喫煙室に飛び込んだが、彼は止まらない。声にならない声で、叫び続けている。時折聞こえる単語は「頭が!」「痛い!」「割れる」・・・・。

やっとの事で3人がかりで押さえつけられた彼は、そのままズルズルと病室まで連れてこられた。病室で叫んでいる。

「助けてください。割れそうだ。頭が、割れそうだ。」

押さえつけていた一人の看護婦が「私先生呼んできます!」といって走り去った。彼は床の上で二人の看護婦から押さえつけられ、口の中にタオルをねじ込まれようとしてた。しかし、女性の2人の力では、押さえつけられない。

そこで、同室の患者さんたちも手伝って彼を押さえつける事にした。彼らも病人である。しかし、そんな事は言っていられない。そのうち一人の患者さんが彼の上着からあるものを見つけ出した。

「おい、これポン器だよ!、やっぱこいつシャブ中だぜ!!」

ポン器とはいわゆる覚せい剤の一種である塩酸メタンフェタミン(通称ヒロポン)を打つための注射道具の事である。

「やべえ!こりゃまずいぞ、先生まだかよ!!!」

彼は数人の患者と看護婦に押さえつけられながらも、時々すごい力で彼らを振り払おうとしている。そこへやっと先生が到着した。先生は彼に馬乗りになると肩口に鎮静剤を注射した。しかし、覚せい剤中毒患者の彼には効き目がない。やっと常人の3倍の鎮静剤を打って、彼の様子は落ち着いた。

この間、やはり私は何も出来ないでベットに座っていた。点滴打ちながら彼を押さえつけていた患者もいたのに、私は、何も出来なかったのである。しかも、彼の様子がおかしいのを察しながらも、喫煙室から逃げたのだ。このことは、足が動かない自分にとって、けして不合理な事ではないと、納得も出来るのだが、ある種の後悔にも繋がった。

後日聞いた話だが、そのポン器を見つけた患者は、僕より前にその彼と話をしていたらしく、彼について次のようなことを言っていた。

「この前暴れて連れて行かれたアンちゃんいただろ、あいつは2年前に車で大事故にあって、脳に障害を負ったらしんだよ。んでまあ、ヒドイ頭痛に悩まされて、それからヒロポンに手を出したらしいんだぜ。あんたも薬だけには手を出すなよ」

何だか、今考えてもちょっとやるせない事件だった。

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