ホーム > シリーズ物, フリーランスの作り方 > フリーランスの作り方010

フリーランスの作り方010

Share on Facebook
このエントリーをはてなブックマークに追加

番組企画、音楽製作、メンテナンス、ディスクリカバリーとまあ、随分副業の種類が増えた時点で次の転機が訪れた。

この時期、私はマックによるパソコン通信にはまっていた。Niftyから始って熊本ローカルであるアリエスそしてJNETと楽しんでおり、その際 にロケットベルケというバーチャルテクノバンドのプロデュースなどもやっていたが、その時の通信仲間の一人からある頼まれごとがあった。

「今、うちの専門学校で講師の空きが出来て、代わりの先生を探しているんですが、浅川さん誰か良い人居ませんかね?」
「そうですね。ジャンルは何ですか?」
「マルチメディアなんですよね。」
「分かりました。探してみましょう。」

しかし、マルチメディアというジャンルに精通する人材はなかなか見つからない。そのうち頼んだ人がこう言った。

「そうだ、浅川さんやりませんか?浅川さんなら映像系は専門だし音も作れるからぴったりですよ」

この提案には正直悩んだ。それまでの仕事とはちょっと性格が違う。何しろ、大学も芸術学部に進んでいたので、コンピューターの専門教育は受けたことが無い。コンピューターの学校でコンピューターの事を教えるなんて、ちょっと敷居が高すぎると思ったのだ。

「どうしても見つからない場合は、何とかしますね。」

と、答えた。そうこうしているうち人材が見つからず、やる羽目になった。そこで、初年度は私一人ではなく、友人のクリエータ達と交代でやることにした。それぞれ現場の第一線で活躍している人たちだ。

彼らとやることで、なんとか状況が分かった。これなら出来るかもしれない。それ以降、現在も大学と専門学校で非常勤講師を続けている。

正直この展開は読めなかった。まさか趣味から始ったコンピューターなのにそれを教える立場になろうとは・・・しかも、学校ではどちらかというと、アウトサイダーで集団行動が大嫌い。もっと言えば学校自体が嫌いだった。

娘が小学2年で不登校を決断したときの言葉がよく分かる。

「おとうさん。学校というところは40人の人が居て、同じ時間に同じ場所で同じことしなきゃいけないでしょう。自分がやりたいことがあってもそれが出来ない。それが私には我慢できないのよね。」

それなのに教える立場になったのだ。

しかし、教える事自体は楽しい。

正直言うと、私の今の仕事は多くの場合、自分が苦手としてきたことの方が仕事になっている。子供のとき苦手だったが、音楽であり、美術であり、学校だったのだ。不思議なものである。

  1. コメントはまだありません。
  1. トラックバックはまだありません。