目に見えない力について
私自身は現実的な人間だと自分のことを考えている。
確かに気功師さんの話や、身の回りに起きる不思議なことは一見すると現実離れしているように思われるが、それは現実が相対的に存在するからに他ならない。
つまり、私が知っている現実と気功師さんの現実は自ずと違うのだ。それぞれがそれぞれの現実を生き、その集合体として全体の現実が形成されていると考えたほうが自然であると思っている。 認識の方向性で、現実は変容を遂げる。
もっと平たく言うと「何を信じるかで現実は変わる」と言うことだ。さらに言えば「願えばかなう」に通じる。 従って、気功師さんの言う現実が自分の現実だとも思わない。自分には何も見えないし、何も感じられない。従ってそれは私にとっては妄想でしかない。
しかし、この妄想でしかない世界も、ひとたび自分自身の立地点が変化すれば現実へと変化する可能性を持っているのも事実だ。 従って、それら妄想を全て馬鹿にして受け入れないというのは、実に硬直した精神でしかないと思う。
もう少し基本的な私のスタンスを突っ込んだ形で述べれば、「目に見えないもの」は見えてはいけない必要があって目に見えない」のではないかと思 う。例えば予知であるとかテレパシーであるとか、それらを与えられていない我々は、逆説的にいうならそれらから自由であるとも言えるのだ。
もし、知ってしまえば、問題を回避できる。しかし、回避するという行為自体が、その人の成長を遅らせる結果となる場合も多い。 分からないから努力したり、傷ついたり、反省したり、苦しんだり、悲しんだりすることが可能だとも思うのだ。それら、一見ネガティブに見える事象が如何に我々を豊かにしているかということも知らねばならないのだろう。
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