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娘の結婚式が終わった

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披露宴も終わり、これで娘も名実ともに浅川陽子から静海陽子への変身が完了したわけである。

父親と娘という関係は微妙である。例えば夫婦であっても、男と女という違いからコミュニケーションがうまくいかない場合もあるだろうが、娘となると、女性である上に年齢の違いから価値観も大きく違うために、会話が成り立たずとも当たり前だと思う。

幸いにして当家の場合は、子供たちと割りと会話が成立しているほうだとは思う。しかし、そこに親子という関係が横たわっている限り、人間対人間という。距離感をもって話すということには困難がつきまとう。

家を出て行く娘と言うのは、ある意味、これらの距離感を正常な位置に矯正する働きもあるのではないかと思っている。子供は親の所有物ではなく、一人の人間だ。そのスタンスをお互いが確かめ合う良い機会なのだ。

娘の結婚式の写真をビデオに編集していて、思わずグッと来た。そのグッと来たものが何であるかは、自分でもよくわからない。旅立ちに対して寂しいなどとは思いもしないし、結婚してくれてものすごく嬉しいという感じでもない。

ただそこにあるのは、私達が生きているという事実。そしてそれは、変化し続けているという真実。それら営みが愛しいのだ。彼女には彼女の人生を生きてほしい。自分の力で立ち、彼とともに歩む人生であってほしい。

共に歩めば楽しさは増し、苦しみは減ることだろう。

我々は「孤独」を内に秘めている。だからこそ、思いやることが出来、喜ぶことができるのだ。

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